あしたのみんか

担当させて頂いているお客様へ

 

こんにちは。

いつも担当させて頂きありがとうございます。

 

私は2018年6月にヘアサロンをオープンします。

場所は常陸大宮市、stillから車で約30分ほど北に離れた場所に位置します。かつて私の祖父母が暮らしていた敷地をリノベーションして事業を行います。

活動の拠点を移し、お客さまにとっては気軽に通うことのできない場所に店を構えること、まずは謝りたいです。

ごめんなさい。

私がこう決心するに至った経緯を説明させてください。

お客さまたちのことを思い浮かべながら書きました。

とても長い手紙になってしまいましたが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

 

私は高校を卒業してすぐ、上京しました。

美容師だった母の姿を見て、この職業にずっと憧れを抱いていたこともあり、すぐにこの仕事に夢中になりました。

採用して頂いた東京のサロンでは、仕事への取り組みを評価していただいて、私は23歳で役職に就き、26歳で銀座店の店長に抜擢されました。不安と喜びと、複雑な思いでいたのを思い出します。

東京でもたくさんの素敵なお客さまを担当させて頂きました。

尊敬する上司たちに見守られながら、私と同じように地方から上京してきた多くの仲間たちに出会い、励まし合い、共に働きました。後輩の育成や技術指導も任せていただきました。

銀座という街で支持をいただけるサロンとは・・リーダーの役目とは・・学びたいことは多岐に渡り、時間に追われる毎日に故郷へ帰ることはほとんどなくなりました。次第に会社の経営にまで参画させていただけるようになり、在職中、実に多くのことを学ばせて頂きました。

ここで働くことで私は初めて人と関わり生きていく上で大切なことを教えていただいたと言っても過言ではありません。とてもやりがいを感じることのできる日々でした。

でも一方で、日々のプレッシャーが私の中に充満し始め私は日に日に心と体のバランスを失っていきました。自分のキャパを超えていると分かっていても信頼や期待に応えたいという思い、そして自分なら応えられるのではないかという驕りもありました。

この仕事に向き合うには、当時の私はまだあまりに幼く、実力を過信しているところがありました。

眠れぬ夜が続くと、いつも考えていました。「例えば10年後、自分はどんな風に生きていたいのだろう・・」

私は30歳でした。業績が伸び始め、人も育ち始めていて、これからという時でした。しかしその頃すでに、電車や人混み、閉ざされた空間に入ると、度々パニックを起こすようになり、それは習慣のようになっていました。自分自身に限界を感じ始めていた私は、 半ば逃げるように東京を離れ茨城に戻ることを決めました。

当時担当させて頂いていたお客さまたちや、信頼を寄せてくれていた上司や仲間たちに対して大変申し訳ないことをしてしまったと、今も忘れることはありません。

 

 

2010年5月のある日。

引越し屋さんと共に最初に降り立った場所は、常陸大宮市にある亡き祖父母の住んでいた古い家でした。幼い頃、私はまるでもう一つの我が家であるかのようにそこで長い時間を過ごし、祖父母からたくさんの愛情を注いでもらっていました。

引越しは、芽吹き始めた緑が美しい日でした。

もう誰も暮らしていない、昔と変わらぬ風景に佇む古い家を久しぶりに見た私は、言葉にすることができない感情に包まれ涙が溢れました。

私は再びこの地域で暮らすようになってから、多くの時間をこの風景の中で過ごし、この土地で作られたものを食べ、時間をかけ少しずつ立ち直っていきました。脱け殻のようだった私の内が、少しずつ温かいもので満たされていくようでした。

場所の力を感じました。

 

 

10ヶ月に渡る療養を経てようやく仕事に復帰したのがみなさんの大好きなあのstillです。(私も大好きです)

すぐにはフルタイムで仕事復帰をする自信がありませんでした。自分が不調になったことで、学んでみたい新たな分野も出てきました。私はパートタイムで採用してもらえる職場を探していました。多くを聞かず、唯一私を採用してくださったのがオーナーでした。なかなか店に溶け込んでいけない私を気長に見守ってくださいました。

日々の緊張感の中、自分自身を律して仕事をしていた東京時代とは打って変わって、ありのまま、等身大の私を受け入れてくれたのがstillというヘアサロン、そしてお客さまたちです。ヘアスタイルを創るだけではない、癒しの場、サードプレイスとして機能するヘアサロンの在り方を私はstillというヘアサロンで学びました。そして私自身もまた、優しく温かなお客さまたちと接する時間は何ものにも代えがたい癒しのひとときの積み重ねでした。

 

美容師になって18年。

まもなく40代を迎えようとしている現在の私は、お客さまがヘアサロンに求めていること、交わす会話やそのリズム、流れる時間の感覚や、纏う空気感のようなものがひとりひとり違うことを日々肌で感じ仕事をしています。

ヘアサロンという場は自分自身と向き合える、日常の中でも貴重な時間です。私はその時間を大事に思っていますし、大事にしたい。ヘアサロンという場を思い思いに過ごし、そのひとときを楽しんでほしい。そして重ね合う時間とコミュニケーションの先には、よりその人らしいヘアデザインが生まれるという確信があります。

今、私にとってお客さまはより身近で大切な存在となっています。

家族でも、友達でもない。お客さまと美容師という一つの関係に過ぎないのかもしれません。

だけど家族や友達に対してそう想うように、大切なお客さまにも健やかで幸せであって欲しい。

お客さまが生涯に渡って安心して通える美容室を形づくり、永く人生に寄り添える美容師としてあり続け、喜びや愉しみ、時には悲しみを分かち合っていきたい。

自分の仕事を通して、その想いを形にできないだろうかという模索を5年に渡り繰り返してきました。

そして2年前、ある出会いがありました。その方と共に課題となっていた一つ一つ、私の言語化できなかった想いの一つ一つを掘り下げ、あらゆる角度から紐解き明らかにしていくという作業を繰り返し、やろうとしていることの本質に一歩ずつ近づいていきました。辿りついた答えが『あしたのみんか』という事業でした。

事業を行う場は、私が2010年に帰郷したあの場所以外には考えられませんでした。

そして今回、心から信頼を置くその方が『あしたのみんか』の設計をしています。そう、建築士さんなのです。

 

 

 

私の生業は美容師です。

それは一生変わることはありませんし、今もまだまだ発展途上であると自覚しています。もっと深いところまでこの仕事を理解し、上手になりたい。

しかし私がこれから始めていく事業内容は、一見、美容業とは関係ないように感じられることもあるかもしれません。ただその根源には、「美容室」という場、「美容師」というこの仕事を新たな視点で捉え直していくことで、どんな価値を見出し、何を育んでいけるのか、次世代の美容師に何を残していけるのかということへの探求と挑戦が秘められていることを心の片隅に置いていただけたら嬉しいです。

そしてこのような人気の無い地方の片隅でひとりで開業することはとてもリスクが大きいことも理解しています。

ここは特筆するような場所も無く、観光地でもありません。

だけど私はこの場所の力を信じたい。この場の持つおおらかさや静けさ、余白が、人々を癒し”あした”に向かう力をくれるとー。

このような立地であっても、機能性やデザイン、ぶれることのない想の軸があれば仕事が成立するということを実証していきたい。そして大切なこの場所と風景を守っていきたいのです。

決して地域貢献を目的にした事業ではありませんが、営んでいくことで、僅かながらでもその一端を担えることができたらと思っています。

大切な存在であるお客さまに、そんな私の挑戦を見守り、時に道を見失いそうになる私を導いていただけたら、こんな心強いことはありません。

 

stillには2018年5月まで在籍させていただきます。出勤日は「あしたをつくるノート」にてお知らせします。

 

長く在籍させていただいているstillは、私にとってとても大切な場所の一つです。

オーナーを始め、共に働いてきたスタッフ達も、かけがえのない存在です。

開業するということは、そのかけがえのない人たちに少なからず迷惑をかけ、喜ばしいことばかりではありません。

仲間たちへの感謝を忘れず挑んでいきたいと思っています。

引き継ぎを必要とされるお客さまには私が責任を持って紹介いたします。

どうぞご安心くださいね。

今回、この事業を始めるにあたり、オーナーからも様々なサポート、助言をいただいています。

こんなオーナーはきっといません。本当に感謝しています。

繋がった縁を大切にこれからも共に繁栄していきたい。私の願いです。

 

 

 

2017年12月
 あしたのみんか 関 香織